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植田新総裁が誕生してから2か月の期間が経過しようとしていますが、政策変更については1年から1年半の時間をかけてじっくり精査して開始すると言ったきりその後はなんの音沙汰もない状態で、海外の市場参加者からは日銀は全く利上げには動かないという厳しい見立てが相次ぎはじめています。
これがまず円安を加速させる元凶になっていることは間違いなさそうですが、一部の海外金融機関のアナリストからは逆に今年の早い段階にイールドカーブコントロールの変更を行う可能性も指摘されはじめており、見方は二分されはじめています。

5月31日に東京都内での国際会議であいさつした植田総裁は日本経済が振るわない中、エネルギーや原材料の輸入価格上昇に伴う歴史的なインフレを抑え込もうと金融政策を引き締めに転じれば景気を冷え込ませてしまう、かといってインフレを放置するわけにもいかないと語りジレンマに直面していることを口にしていますが、この背景には経済状況を超える深いものが存在していることがわかります。

黒田政策をそのまま継続することで総裁に就任した植田氏の厳しい立場が示現

これまで日銀の総裁人事では、財務省出身者が総裁になれば次は日銀生え抜きの出身者が就任するといった暗黙の了解が長く踏襲されてきました。
しかし今回は岸田首相の判断で長年経済学者として働いてきた植田氏を抜擢しているためかなり特別な状況で、自らの経済理論の実践よりも黒田前総裁が行った異次元の緩和措置をまずは継続することを最大の採用条件とされたことから、すでに日銀緩和政策の悪しき部分を簡単に修正することができなくなっている状況が露見しはじめています。
植田総裁は上述の会議において、日本を含む多くの国で低金利の時代が長く続いたが、新型コロナウイルス禍やウクライナ危機を背景とした高インフレ期を経て新しい常態に移行しているという可能性も一概に否定することは難しいとも述べており、世界的に金利は上昇局面に入った可能性があるとの見方をしめしています。
つまり足元のゼロ金利政策の堅持がすでに難しくなっていることをやんわりと示唆しており、恐らくYCCを含めて政策変更を早期に実施することが最良の選択であることを十分に自覚していることが窺われれます。

インフレだからと安易に金利を上げられない深い事情

日銀は決算を発表しましたが、それによると今年3月末時点での総資産は735兆1165億円と昨年度末とほぼ同様の規模を維持していることがわかりました。
また、今年3月末時点で日銀が保有する国債の時価は581兆5635億円だったのに対し、簿価は581兆7206億円と時価が簿価を1571億円下回る、つまり含み損が生じており、17年ぶりに明確な含み損がでたことがわかっています。
それでも直近のJGBの金利は投機筋が売り浴びせを行った昨年あたりに比べれば含み損が大幅に減少しており、いまのところ日銀が債務超過に陥るようなことはない状況にあります。
ただしここから金利が上昇しはじめれば話は大きく異なり、日銀自体の債務超過とともに日本政府は国債費が大幅上昇し金利の支払いさえもままならない状況に陥ることは間違いないところにあります。
そのためインフレが到来したからといっておいそれと利上げが出来ない厳しい事情を抱えており、植田氏がどれだけ経済と金融政策に精通しているといっても迂闊にそれに手をつけられない事情が潜んでいることが見えてきます。

さらに岸田首相からダイレクトに総裁職に起用されたことから政権の動向にも気を遣う必要がでているようで、この7月に解散総選挙があるとなればその期間には一切政策変更を実施することができなくなるなど、本来政権とは独立した立場にあるべき日銀が猛烈に政権に忖度せざるをえない状況に追い込まれていることがわかります。

為替介入などしなくてもYCCを変更すれば円高が簡単にやってくる

5月30日の東京タイムは早くも141円に到達しそうな位勢いよく上昇したドル円は、財務省や日銀などが情報交換会合を開催したことからいきなり反落をはじめました。
神田財務官が為替市場の動向をしっかりと注視し、必要があれば適切に対応していく考えに変わりないと発言したことから多くの市場参加者が為替介入の実施を連想したことがその理由で、すでに140円台には戻れない状況が続いています。

今年もまた円買い介入を実施することになるのかもしれませんが莫大な資金が投入されることになるので、本来は日銀がYCCの上限を弄るという政策変更を行えば立ちどころに円安にシフトできるだけに、日銀が臨機応変な政策変更を実施できないという部分には相当大きな問題が感じられ、植田総裁がいつこれをぶち破っていくのか、あるいはこのまま黒田政策に従わざるをえないのかが注目されるポイントとなりつつあります。
6月には日銀の政策決定会合がありますが、6月相場ではドル円の先行きを占う上で日銀の政策動向にまた市場の関心が高まることが予想されます。