3月20日、アジア市場がオープンする前を狙ったのか、日本時間午前2時にUBSがCSの買収を公式に発表しました。
市場は一瞬それを好感し、オセアニア市場では瞬間的にドル円が132.450円レベルまで跳ね上がることになりましたが、東京市場のオープンする午前6時ごろには完全に131円台後半に逆戻りし、その後株式市場も為替市場もぱっとしない状況が続き、同日のロンドンタイム以降にはドル円は131円割れてで130.500円に接近する場面まで売り込まれることとなったのはご案内の通りです。
今回のUBSのCS買収は事前に株主に確認しないスイス政府主導のかなり無理のある進行になり、とにかく破綻を免れることで市場に安心感をいち早くもたらすことが最重要事項となったようです。
そのため様々な部分に異例の自体が示現することとなりましたが、その一つがCSの発行したCoCo債の無価値化であったことから市場は大きく落胆し、リスクオフが継続することになってしまったようです。
ギリシャ危機をきっかけとした欧州のソブリンリスクが顕在化した際にはこのCoCo債のリスクも市場では語られましたが、喉元をすぎてそれを意識する投資家が減ったところに起きたCSの経営危機であることから損害を被る投資家も想像以上に幅広くなっていることが危惧されます。
そもそもCoCo債とは何なのか
CoCo債はContingent Convertible Bondsの略で、日本語だと制限条項が付いた転換社債、つまり偶発転換社債と訳されている商品です。
このCoCo債は主として世界の金融機関が発行する株式と債券の中間の性格を帯びたいわゆるハイブリッド証券で、ハイイールド債と比べて格付けと利回りが高いことからリスクはそれなりにあるものの投資家には高い人気があり、本邦でも機関投資家が結構保有している債券となっています。
クレディスイスのCoCo債はいきなり無価値化に転落
今回のUBSによるクレディ・スイス買収合意は、冒頭にもご紹介したとおり世界の金融市場全体に拡大しかねない信用危機を食い止めるためにスイス政府が強引に短期間で推し進めたもので、FINMA・スイスの連邦金融市場監督機構の声明によれば中核的自己資本拡充のためクレディ・スイスの「その他ティア1債」(通称AT1債)の価値がゼロに切り下げられるとされています。
このAT1債こそがCoCo債であり、同行の経営危機が大きく報道されて以来投資家はこのAT1債は評価が引き下げられることを心配していましたが、引き下げどころか一切価値のないものになってしまい市場に相当な衝撃を与えることとなってしまったようです。
本来は株主の次に痛手を被るのがCoCo債のはずなのにいきなり無価値化
ブルームバーグがまとめている資料によると、CSにはスイス・フランや米ドル、シンガポール・ドル建てで13本のCoCo債が存在しており、発行残高は計173億ドルでCSの負債総額のほぼ2割強がこのCoCo債で占められているといいます。
CoCo債は明確な満期をもちませんが、ほぼ発行から5年程度で償還されるものがほどんどで何事も起きなければ比較的早期に償還を迎える商品であることがわかります。
過去の金融機関等の減損処理ではまず株主が最初に痛手を受け、その後にAT1債で損失が生じるのが一般的ですが、今回の買収劇ではかなり金額は少なくなったとはいえCSの株主には30億フラン相当のUBS株が等価交換で提供されるにも関わらずAT1債は全損となるので投資家が騒ぐのは無理もなく、今後訴訟問題に発展することも十分に考えられる状況です。
CoCo債は個人投資家は購入ができないためその存在は今一つ認識されていませんが、AT1債が損失を出す前に株主が最初に痛手を受けるという市場の慣例を無視した強引な今回の決定で2750億ドル規模のAT1債市場に大打撃を及ぼすことはどうやら間違いなく、市場自体が急激に縮減し誰も買わない商品になることが危惧されるところとなってきています。
CSのCoCo債無価値化はAT1債市場で過去最大の損失で、その規模は他の金融機関が破綻し価値が消滅した時と比べると圧倒的に大きなものになっている点は見逃せません。
スイス政府としてはとにかくCSが破綻するのをそのまま指をくわえて見ているわけにはいかず、こうしたかなり強引で通常プロセスを一気に省略するような動きになってしまったと思われますがそのツケは結構大きなものになりそうで、市場にはほかの金融機関は大丈夫なのかという得も言われぬ疑心暗鬼の状況が漂いはじめています。