2015年に粉飾決算が発覚して2009年から6年間にわたって主力事業であるインフラ、半導体、テレビ、パソコン事業などで利益水増し額が2306億円も水増ししていたことが発覚した東芝は、その後東芝本体をインフラ、エネルギー、半導体(メモリー以外)、ICTの4社に分社化し、医療事業はキャノンに譲渡、家電事業は全てMideaに移管、テレビ事業はHisenseに譲渡、東芝メモリも譲渡となり、パソコン事業はシャープに譲渡、巨額赤字のウエスティングハウスは売却、LNG事業はTotalへの譲渡といった具合で、一体何が事業として残っているのかと疑いたくなるほど事業を縮減することとなりました。
お陰で2014年度には6.7兆円あった売上は半減の3兆円超のレベルにまで落ち込み、昔の同社を知るものからすればもはや風前の灯になっているように見えます。
その東芝に英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズなどから買収提案が持ち上がり突然市場では話題になりはじめています。
特に本邦の個人投資家は2兆円という巨額な株式買付のためにポンドを売って円を買う、正確にいえばポンドドルを売ってドル円を売るという売買が大量にでるのではないかという思惑からポンド円の売りに勤しむ向きも増えているようです。
2018年まで買収先のCVCの東京法人に会長として勤務していた車谷氏が社長のままこの案件を進めると利益相反は免れないという指摘もあったわけですが、同氏が正式に辞任したことからさらに買収の可能性が高まったという見方もではじめています。
確かに足元では為替相場を大きく動かす材料がないだけにこうした案件がでると飛びつきたくなるのもよくわかりますが、実はまだそこまで焦ってポンド円を売らなくてはならない状況ではないことも見えてきます。
今回はこの件について解説したいと思います。
英国のファンドだからポンド売り円買いとは限らない
まず東芝独自の問題とは別にこの手の国際的な買収案件の場合には確かに為替が動くことは間違いないのですが、どの通貨の売買が行われるかは実はよくわからないことが多いことはあらかじめ理解しておく必要があります。
例えばポンドの事例でいいますと武田薬品がシャイアーを買収するというのでポンド円が猛烈な買いになることが予想されましたが、蓋を開いてみれば武田の場合には日本企業ながら米国預託証券が絡んだことからドル円の買いしか市場には出ずに終わってしまっています。
したがってポンドで決め打ちするのはたとえ買収先が英国の企業であってもそうなるかどうかは判りません。
外資の買収といってもどういった資金調達をしているかで動く通貨は全くことなることになりますから、今回でもポンド円を無闇に売って待っていても実はドル円の売りしか出なかったという見当違いの事態に陥ることは十分にあり得る状況です。
また足元の情報では米国ファンドのKKRがCVCよりもさらに高値での買収提案をするという動きもあるようで、気がついたら米系ファンドのものになっていたということもありますから、この時点で慌てるのは得策ではありません。
そもそも改正外為法で外資が国家保安上重要な企業を買収は簡単にできない
この買収案件ではもうひとつ重大な問題が存在しています。
2020年に外為法が改正されていることはご存じの方も多いかと思いますが、この施行により安全保障上、重要な12分野を指定し、資産運用目的を除き、投資家が1%以上の株式を取得する際には国への事前届け出を求めることになってり、今回のCVCの事案はまさにこの12分野に該当するものとなります。
特に原発関連の知見や特許関係、さらに量子暗号技術に伴う特許や知見については完全に国の安全保障上問題になることは間違いなさそうで、単に投資として株を買い集めるのではなく、今回のように公開TOBから非上場にして完全に会社を取得するやり方は恐らく認められないことになる可能性がかなり高い状況です。
今後、東芝が原発や量子暗号技術部分をもつ子会社を切り離して残りを海外ファンドが買収するのであれば話しは別かも知れませんが、現状ではそんな話しにもなっておらず、この段階で為替の儲けだけをあてにしてポンド円を売買するのは相当遠い話になりそうです。
為替を扱う個人投資家にとっては海外ファンドの本邦企業買収は絶好の為替案件に見えるものですが、実はそんなに話は簡単ではないことだけは肝に銘じておく必要がありそうです。