2023年12月、日本製鉄が米国のUSスチールを141億ドル(日本円で約2兆円)で買収することが明らかになりました。

巨額買収に市場が驚愕したことは言うまでもありませんが、バイデン政権もこの買収を承認したとの報道があり、バイデン政権に従属する岸田首相へのご褒美ではないかとの皮肉な見方も広がる結果となりました。

このディールはすでに米国で承認されており、誰もがDone状態になったものと思われていましたが、スーパーチューズデーの後、労働者の支持を得たいバイデン大統領は突如としてこの買収に反対する意向を示しました。

大統領選挙でリードを広げようとするトランプ前大統領は、早い段階から日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止すると公言しており、議会でも反対の声が高まっていました。

国賓待遇で4月に訪米をし議会で演説を行う予定の岸田首相にとって、このタイミングでの声明は寝耳に水で、今後バイデン大統領から強く買収撤回を迫られた場合、日本政府としては断念せざるを得ない状況となることが考えられます。

バイデン大統領が臆面もなく立場を変えてきたことは情けない話ではありますが、大統領選で勝利するための苦渋の決断であったことが窺えます。

日本製鉄の買収資金調達手段によってはドル高示現も

 

本件では、日本円にして2兆円の買収が見込まれていますが、資金調達次第では米国内でのドル調達で支払う可能性もあります。

過去には、ソフトバンクが米携帯電話会社スプリンゴを買収する際に、ドル買いによる調達を行い、その間にドル円がかなり上昇したケースもあります。

仮に、2兆円を短期間に買切り玉でドル調達した場合、ドル高もしくはドルの高値維持が示現する可能性がありますが、買収が中止になればこの影響はなくなります。

ただ日本製鉄はこの交渉から降りる形になった場合、買収契約に基づき無条件で5億6500万ドル(日本円で約800億円)もの違約金の支払いを余儀なくされるため、バイデン政権の意向をすんなりと受けいれるとも考えにくい状況です。

今後、この事案に関して日米間でどんな議論が交わされるかに市場の注目が集まっています。

日本製鉄の社運を賭けた買収には3つの理由がある

日本製鉄にとって今回のUSスチール買収は過去最大規模であり、成功するか失敗するかが今後の事業戦略を大きく左右することは間違いありません。

日本製鉄の買収意向が強まっている理由は、主に3つあると言われています。

 

第一に、日本における長期的な鋼材需要の減少が挙げられます。

ご存じの通り、国内では少子化、人口減少、インフラの老朽化、自動車産業におけるEVへのシフトなど、製鉄業は明るい材料に乏しく、このまま国内市場だけに依存し続けることは危険であることがわかります。

一方で米国は依然として世界最大の鋼材消費国であり、高付加価値な鋼材の需要が高い市場であるため、この市場を取り込むことができれば、製鉄業は大幅な拡大が期待されます。

USスチールの買収が成功すれば米国でのシェアは拡大し、コスト削減やあらたな製品開発などにも大きな可能性が期待出来る状況です。

 

二つ目に挙げられるのは、脱炭素社会に向けた取り組みの強化です。

日本政府は、2050年までのカーボンニュートラルを目標に掲げています。

日本製鉄も自社の温室効果ガス排出量の削減に取り組んでいますが、国内市場だけでこの目標を達成することは容易ではありません。

USスチールもEV用鋼材の開発に注力しているため、買収により技術連携が進み両社の競争力がより一層高まることが期待されています。

 

そして三つ目は、米国における保護主義への対抗戦略が挙げられます。

足元で米国は、中国製などの安価な鉄鋼輸入品に対して高い関税を課すなど、保護主義的な貿易政策を実施しているため、国外からの市場アプローチは非常に難しいのが現実です。

しかし、買収で米国内での生産拠点を増やすことができれば、関税の影響を回避することができるという大きなメリットを享受することができます。

 

さらに日本製鉄が米国の鉄鋼業界のリーダーとなれば、米国政府との交渉力も強化すると考えられます。

日本の民間企業は米国と対等な関係を望んでおり、買収が成立すればどちらの企業にも相乗効果をもたらすことが期待されます。

この問題に関しては岸田首相の訪米が大きなカギとなることは間違いありません。

バイデン大統領の意向を受け入れディールが破綻するのか、はたまた粘り強い交渉で買収を遂行するのか、岸田首相は大きな判断を迫られそうです。