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英国では今年7月に発足したばかりのトラス政権がすでに崩壊の危機にあり、辞任が秒読みの状態に陥っています。
ことの発端は9月23日に発表した総額450億ポンド、日本円にして7.6兆円規模の大規模減税が財政不安を招くとの見方から英国債が一斉に売られ金利が大幅に上昇し、金融市場が大混乱に陥るところからスタートしています。
英国銀行は即座に国債の買入れを表明し14日まで継続したことから、年金基金は一旦流動性を取り戻すこととなっていました。

10月14日にクワーテング前財務相の更迭を受けて就任したハント財務大臣は、トラス政権の打ち出した減税案のほぼ全てを撤回すると発表し、ポンドは大きく買い戻しを受ける動きとなっています。

朝令暮改も甚だしい政権の度重なる政策変更

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今回ハント財務相が撤回したのは所得税の基本税率や配当税率の引き下げなどで、減税案撤回は実に3回目となっておりトラス政権の迷走ぶりが浮彫りになっていますが、市場は今持続可能な財政を求めており、減税のための借り入れは正しくないと説明して全面撤回に踏み切っています。
この発表を受けてポンドは対ドルでも対円でも大きく買い戻しとなっていますが、燃料費の上限設定措置は撤回できないのが実情であり、トラス首相が辞任となればまた新政権を樹立するのに時間がかかるため、ポンドには再度下落リスクが高まることになりそうです。

英中銀は14日で事前の予告どおり市場買い支え措置を終了し、今度は予定どおりQTの実施に踏み切ろうとしていますが、英長期債が崩れてくるとなった場合には再度英国債の金利の上昇が予想されるだけに、ここからの相場は引き続き予断を許さない状況が継続しそうな状況です。

年金金のLDIの問題は一旦は収まった状況に

今回の英国債の暴落騒動で注目を浴びたのが年金基金の運用手法であるLDIでした。
LDIとはLiability Driven Investment、日本語では債務重視の運用と呼ばれるもので、金利スワップ等のデリバティブを利用して資産と債務のキャッシュフローを近づけ、金利スワップで受け取るキャッシュフローを負債にマッチングすることにより、債券や株式等の現物資産では対応できない企業年金特有の複雑で超長期のキャッシュフローを複製することを目的とした手法です。
これまではそれほど注目されてきませんでしたが、この手法に凄まじい損失と追証リスクが発生したことでイングランド銀行を慌てさせることとなっています。

このトレード手法によれば、長期の給付に見合う長い年限の債券を保有することでまず配当収入の確保を目指すことになりますが、長期的には金利が低下することも十分に考えられることから、変動金利を支払い固定金利を受け取る金利スワップなどで2~4倍のレバレッジをかけて、高い運用益を確保するという手法を多用しています。
これは金融工学的なリスクヘッジ手法を積極的に持ち込んだ新たな資産運用手法であると言われていますが、現実は想定通りには動かないことがあり、まさにそれが足もとの状況となってしまったようです。

金利スワップでは、レバレッジを担保に出す債券から得られる金利収入は本来の収入よりも2倍から4倍の金利のやり取りをして大きなものになっているため、FXやCFDと同じです。
しかし当然のことながら想定元本は実際のものよりもはるかに大きくなるので、金利が大きく上昇した場合評価損も大きくなり、英30年国債利回りが3%台後半から5%強まで上昇した段階では金利スワップ自体の時価評価は急減し、多くの年金基金はFX取引同様、金融機関から追証を求められることとなったため換金売りを余儀なくされ、慌てたイングランド銀行はそれを緊急買付することで年金基金の破綻を支えることとなりました。

英国債の投げ売りは米債にも深刻な影響を与えることに

英国債の投げ売りは米国債にも大きな影響を与えているとされており、野村証券の試算では英国の混乱が米国債にも0.4%以上の金利押し上げを及ぼしているとされています。
現状では一旦英国債金利が下落していることから米債金利も落ち着いてはいますが、今後再度金利上昇となった場合、米債にも当然のように影響が及ぶことが心配されます。

大幅な財政支出を行うときに財源がないと言うのは米国も日本もほぼ同じ状況ですが、今回英国トラス政権が大幅減税を持ち出して市場から凄まじいリスクとして受け止められたのは、やはり中央銀行であるイングランド銀行の政策と全く整合性がなかったことが大きな要因であり、本来はトラス首相の問題のみならずイングランド銀行が政権の意向に全くマッチしない政策を打ち出したことも大きな問題といえそうです。

たしかに中央銀行は政権とは別個に独自の政策を打ち出すことが認められてはいますが、それがあまりにも離れすぎていることは政権への市場の信認性を著しく落とすドライバーとなることを改めて今回のドタバタ劇で痛感させられることとなりました。